Sprout Sunny Days
「…夏葉?」
「わあ、良かった、合ってた!よお、久しぶり春稀!」
新生活が始まったばかりの、春の花芽吹く、ちょっと夏みたいな日差しのある日、俺はあいつと再会した。
#1
「ひっさしぶりだな…よく来たじゃん」
「いきなりごめんなあ。独り暮らしかあ…へえ、かっけえじゃん」
「まだなーんにもないけどな。入れよ、ゆっくりしてったら」
驚きを隠しつつ彼を中に通した。おじゃましまあす、と明るい金髪が目の前でぴょこぴょこと跳ねる。
彼は都築夏葉。高校時代の友人。茶髪にピアスを1つだけ付けていて、教師によく注意をされていた。勉強が苦手で、ついでに意外とゲームもちょっと苦手。ダンスとチェスが得意。見た目に合わず、一人称は僕。所謂今時の高校生っぽくなくて、ちょっとかっこいいやつで、こんな外見と中身だからか、女子からちょっとモテてた、小柄で可愛い系のやつ。
そういうイメージしかなかった。
そう、俺はこいつと特別大親友、なんて訳じゃないのだ。
クラスは1年と3年の2回一緒で、遊んだことは2,3回。いつも一緒に居る訳ではない、時々言葉を交わす程度の、でもお互い「友達」程度の認識の、そんな奴。
そういう奴は、卒業後に遊ぶことってあんまりないんじゃないか。きっと、大抵の奴はそう考えているだろう。遊びたくない、なんてことはない。ただ、お互いにきっかけをつくらないはずだ。
会うとしたら同窓会だとか、成人式だとか、もしくは地元でばったり。もっとも、俺は地元から数十キロ離れたから、しばらく実家に帰らない限りそんなこともないだろうと思っていた。
1つ目の驚きは前者だった。後者とするのは、こいつが"わざわざ俺の家に来た"ということ。
大学が少々実家から遠い関係で、俺は18にして独り暮らしを決意した。今まで通っていたバイト先と実家の真ん中。通学や遊びのアクセスはそこそこ良い。そんなところで、不安と期待でちょっと胸の躍る新生活。
一応友人たちにも伝えておこう、と思いSNSでメッセージを飛ばしている中で、ふと1つのグループチャットが目についた。高校のクラスグループだった。
元クラスメイトたちがそこで進学先や就職先を報告し合っていたのを思い出し、流れに任せるように、俺も進学先と独り暮らしを告げた。
あとで遊びに行くから、と数名が返信を寄越したので住所も送信。このご時世で隔離されたグループチャットとはいえ危機感が足りないのではないか、とは思うが、公開されたアカウントで高校名や本名を出す若者たちの中でそんな意識はどこかに消えていた。
確かにそのとき、あの返信の中に夏葉もいた。俺も行くわ、俺も、という中でじゃあ一緒に行こうぜ、なんて軽く。確かに今"思い出せば"あのとき、返信が来ていた。
これも暗黙の認識というかなんというか、その時の返信で実際に来るやつなんて数えられるくらいだろう。高校時代よく仲良くしていた奴が数名、よく足を運んだり、泊まりに来たり、そんな感じで。
しかしそれすらもないだろうという認識の夏葉。そう、つまりあいつと俺は「それくらいの仲」だったのだ。お互いに特別仲が良い訳でもない、でも避け合う仲でもない、そんな程度の友達。
その前者と後者の理由から、インターホンに呼び出されドアを開けた瞬間、俺は心底驚いた。茶髪から金髪になってもさほど違和感のない、俺より10センチほど背の低い、都築夏葉がそこに立っていたことに。
もちろん先ほどから長々と告げた理由から嫌悪感はない。驚きはするものの、意外な訪問者に当然喜びはある。
「どう?独り暮らしは」
リビングで数秒部屋を見渡した夏葉は、にこにことして声を投げかけた。
「見ての通り、まだなーんもしてねーよ。全然かたづけらんねーし」
「そんなとこ来て悪かったな」
「いやいや」
どう考えても嫌味一つ無いその言葉。俺の考えすぎだろう、きっと普通に遊びに来てくれたんだ。
「今日はなんでまた」
いっそ、聞いてみてしまうことにした。何も特別な理由はないだろう。
「友達んとこ遊びに来たんだけどさあ、そいつドタキャンしやがって。暇になっちまったし、春稀んとこ近かったなーと思って」
ほら、特別なものは何もない。少し驚きから強張っていた身体が軽くなるのを感じた。高校時代の友人に、そんなに緊張することなど何もないじゃないか。むしろ、何を警戒していたのだろう。逆に失礼だ。
「そっか、そりゃ大変だったな」
「ほんとだよ、もー暇になっちまって」
どーぞ、と麦茶を注いだだけのコップを寄越した。さんきゅ、と受け取るなり、半分飲み干す。春らしくない陽射しが床を照らした。
何をする訳でもないし、そうだ、いっそここでちゃんと友達らしくするか。別に友達らしくないことしてた訳じゃないけど。
「そうだ、夏葉、暇なんだろ」
「うん?暇だけど」
「部屋の片づけ、良かったら手伝えよ」
おっ、と短く感嘆詞を漏らして、跳ねた髪が少し動く。
「やるやる。よーし、春稀のエロ本みっけちゃうぞ~…」
「実家に置い…おい、ねーよやめろ」
嬉しそうに段ボールを見渡して満面の笑みになる夏葉に言葉を返した。
「そういや、春稀って姉ちゃん居たよな」
段ボールは残るものの、やっと部屋らしくなった一室に腰を下ろし、世間話や身の上話をしていたところで、夏葉がそう聞いてきた。
「居るよ、よく覚えてんな」
「前遊んだとき、ばったり会ったじゃん。めっちゃそっくりだったなーって」
「マジ?やだなー」
面食いな姉が少し夏葉に食いついたのを思い出しながら、冗談めかして笑う。
「夏葉は兄弟いんの?」
そう問いかけると、きょとんとして夏葉が顔を上げた。疑問符を頭に浮かべながら釣られて目を合わせる。夏葉は、お?とこちらを不思議そうに2秒ほど見つめたあと、ああ、と笑って答えた。
「言ってなかったっけ?僕孤児院育ちなんだよ」
しまった地雷を踏んだ、と慌てて謝罪をする。
「ご、ごめん、知らなかった…そうだったのか」
「謝んなよ、別にヤな話題じゃねーし。3歳の時両親亡くしててさ。そっからずーっとそうなんだ」
「3歳か…」
嫌なはずで、悲しい思い出のはずなのに、夏葉は明るくそう話した。
「暗くなんなって。3歳だから全然親のこと覚えてないしさ、施設も良いとこだし」
「そ、そっか」
夏葉は相変わらず笑顔でそう言うものの、何とも言えない気分になってしまった。それを払拭するように、ある提案をした。
「なあ、手伝ってもらっちゃったし、結構遅くなったし…今日は泊まってけよ」
「え、それはわりーだろ、押しかけたの僕だし…」
「多分夏葉来なけりゃ、大学始まっても段ボール部屋かもしんなかったんだよ。夏葉さえ良けりゃさ」
そこまで言うと、夏葉は照れながら嬉しそうに笑って、お願いします、と言った。
コトリと音を立てて皿を置くなり、夏葉は目を輝かせた。
「春稀料理上手いんだな…」
「そうか?料理は数品くらいしかまともに出来ないから、これから勉強するつもり」
「すげー…うまそー…」
「どーぞ、召し上がれ」
いただきます、と小さく呟いてフォークをパスタに絡ませ、一口頬張るとみるみる笑顔になった。
「うっま」
「そりゃ良かった」
自分の好物であるパスタはとりあえず上手くしたくて、自分なりに何度か作った為、パスタは得意だった。そこまで正直に褒められると嬉しかった。
「つーか、流れで泊まっちゃえよーとは言ったけどさ、大丈夫なのか?施設…なんだろ、連絡とかしなくて」
話題に出すのは少し身が引けたが、出さないわけにはいかないと思い訊く。
しかし、そう言った瞬間、夏葉がばっとこちらを向いた。目の色が明らかに変わる。先程料理を出したときとは違う。一瞬身体が強張る。なんだ?ヤバいこと言ったか?そう不安がっていた俺以上に、心配そうに夏葉が声を出した。
「…それ、なん…だけど」
「…おう」
一瞬口をぱくぱくさせ、意を決したのか、恐る恐る小さな声で呟いた。
「…ぼ……てく…れ…?」
「…な、何?もっかい…」
途端に元気を無くす夏葉に動揺しながらも、その声を必死に聞こうとする。その夏葉からは、予想もしなかった言葉。
「ぼ、僕をここに置いてくれない…?」
やっと出した張り詰めた声で、夏葉はそう告げた。